書籍紹介『人体 失敗の進化史』遠藤 秀紀 – 解剖科学から生物の進化に迫る

獣医学者、比較解剖学者の遠藤 秀紀さんの著書。

進化と言うと、自然環境に適応した個体が云々という自然選択説や、DNAレベルの切り口を良く耳にしますが、こちらの切り口は、どのパーツがどのように変形していったのかという、比較的フィジカルな点に着目しているのが特徴です。

例えば人間の特徴の一つに、「二足歩行」があります。それまで陸上の生きものと言ったら四足歩行であることが基本で、二足になることで前足を移動以外の用途に使えるようになり、人間が独自の進化を遂げられたというのは有名な話です。

この四足から二足に切り替わるに当たって、無数の不都合が生じることになります。例えば内蔵は四足歩行のときには腹側に重力がかかっていたのに対して、二足歩行になるとそのベクトルが骨盤側に向かうことになります。また心臓から足までの落差も、二足歩行になると途方もなく開いてしまう結果となります。

そういった不都合が内蔵、筋肉、骨格レベルでどのように解消されていったのか、その結果どういったデメリットが生じたのかといった調子で話が進められます。

進化は連続的なものであるために、人間は、あるいは犬は、マグロは、綿密な設計に基づいて生まれた生きものではありません。何億年という時の流れの中で、既存の内蔵、筋肉、骨格を使いまわし、騙し騙しの改築を経て、今の姿に行き着いています。

そう考えると、生きものというのはよくできているように思っていましたが、別にベストなフォルムであるわけではないことが分かります。

 

著者の遠藤さんは、動物園などから譲り受けた動物の死体を解剖して、研究に勤しんでいるそうです。

このとき、明確な意図を持って解剖に取りかかるといいます。例えばアザラシの解剖をするときには、長時間潜水することを可能とする心臓のメカニズムを明らかにするというようなテーマを持って臨みます。

これを明らかにしても、何か儲け話につながるわけではありません。基礎研究的な立ち位置のため、すぐにビジネスにつながるわけではないのです。

そしてバブル経済の終演以降は、解剖科学のようなお金に直結しない研究への国家予算が大きく削減されているそうで、書籍の終盤ではそのことに警鐘を鳴らしています。

 

私(レビュワーの酒井聡)も著者に共感するところが大きく、お金にならないという理由で自然科学やアートといった分野が衰退してしかるべきだとは思いません。

補助金や関税で内需を守るのとは全然違う話で、サイエンスやカルチャーは超長期的な投資と見なせます。短期的に回収ができないという理由で資本主義経済の輪から弾き出されてしまっているのであれば、そこをサポートするのが財政の役割の一つなのではないかと思います。

そうは言っても署名活動などを通して国に働きかけるのも気の遠くなるような話なので、このサイト『THE FRONTIER』を通して、サイエンスやアートといったフロンティアと資本主義との接点を作っていきたいと考えています。

 

少し脱線してしまいましたが、著者の遠藤さんは熱意を持って解剖科学に取り組んでいます。

資本主義をルールとしたビジネスの文脈に食傷気味の皆さんにこそおすすめの一冊です。著者の熱意は、あなたの好奇心を満たしてくれるはずです。

株式会社ニューロープ 代表取締役。

ファッションに特化した人工知能『#CBK scnnr(カブキスキャナ)』、インスタグラマーの類似アイテムを買える『#CBK』、アートメディア『ART LOVER』、メディアやブログを簡単にマンガ化できる『AI-CATCHER』などを展開。

九州大学芸術工学部で芸術と工学を学ぶ。中小企業診断士。